ゼロの愛人

コンコンと扉がノックされ「どうぞ」と声をかけると、耳に馴染んだ声が返ってきた。扉を開け入ってきたのは予想通り父であるシャルル皇帝の騎士となった幼なじみのスザク。兄と離れ離れとなり皇室に戻された私が唯一心を許せる相手だった。

「お早うございますスザクさん」
「お早う御座います、ナナリー総督」

思わず明るい声で挨拶をすると、上司と部下、皇族と名誉ブリタニア人という身分差からか硬い返事が返ってくるが、それでもやはり親しみを感じる明るい声には違いなく、それだけで心の重荷が軽くなる気さえした。
華のようにほころんだナナリーの笑顔に、スザクも知らず笑顔で返事を返すと、その様子が気に入らないというように、ローマイヤは忌々しげに眉を寄せ、皇帝の騎士ラウンズという地位にあるスザクを睨みつけた。選民意識の高い彼女は、イレブンがラウンズに上がったことも、皇女が親しく接することも気に入らないのだ。
だが、スザクの後ろにいる人物を見て、すぐに表情を改めた。
その人物は、ローマイヤに叱りつけるような視線を向けた後、表情を崩し皇女に目通りできたことに感激しているのが理解る表情でナナリーを見た。

「あら、スザクさん、どなたかご一緒なのですか？」

足音でほかに誰かいることに気がづいたナナリーは、見知らぬ足音に首を傾げた。

「ジェレミア・ゴッドバルト卿が総督にお話があるというので連れてまいりました」
「ゴッドバルト卿、ですか。はじめまして、ナナリーと申します」

聞き覚えのない名前に、ナナリーはニッコリと笑顔で挨拶をした。
だが、その名前で、ローマイヤはオレンジ事件を思い出したらしく、とたんに見下すような視線をジェレミアに向けた。

「ナナリー皇女殿下、お目にかかれて光栄にございます」

ジェレミアは穏やかな表情で礼をとった。

「総督、ジェレミア卿と自分と、三人で話す時間をいただけないでしょうか？」
「お話、ですか？」

皇帝の騎士とはいえイレブン、そしてオレンジ事件のジェレミア。こんな者達と話すことなど無いと、ローマイヤが口を開こうとしたのだが。

「実は僕とジェレミア卿は、内容は違うのですが陛下から極秘任務を与えられ、この国に戻ってまいりました」
「まあ、お父様からですか」

皇帝の勅命、極秘任務。
その言葉に、ローマイヤは口を閉ざした。
皇帝の任務に関することなら止めることは出来ない。イレブンと役立たず。どうせろくな任務ではないだろうと蔑んだ眼でスザク達を睨みつけた。その視線を、ジェレミアは不愉快げに睨みつけ、スザクは気づかないふりをした。

「陛下が生涯を掛けて成そうとされている計画に関係しているのです」

生涯をかけた計画を、こんな連中が？
疑うような眼差しでローマイヤが見つめてくるので、ジェレミアはわざとらしくごほんと咳込んだ。

「申し訳ないが、これは極秘中の極秘」

そう言いながらジェレミアはローマイヤを睨みつけた。
言外に、席を外せと言っているのだ。
陛下が関係していることならば従わなければならない。

「ナナリー様、では私はしばらく席を外しますので」
「わかりました」

ローマイヤは部屋を後にした。扉が閉じたのを確認した後、スザクはナナリーに近づいた。そしてナナリーの前で膝を折り、視線を合わせるとナナリーの手をとった。

「ナナリー、君に聞きたいことがあるんだ」
「私に、ですか？」
「うん。二択の質問だよ。君は今の地位、ブリタニアの皇女という地位と、ルルーシュの妹という居場所、どちらを選ぶ？」
「え？まさか、お兄様が見つかったのですか？」

ナナリーはそれまでの穏やかさを一変させ、必死の行相でスザクの手を握った。

「ナナリー答えて？」

スザクはそれに応えること無く、再び問いただす。

「聞くまでもありません。お兄様が私の全てです」

迷いなど欠片もない。
心の底からの笑顔でナナリーは答えた。
ブラックリベリオンで行方不明とされたルルーシュ。総督となったのは、ルルーシュに自分を見つけて欲しかったから。ユーフェミアの夢をつぎ、優しい世界を作りたいのは本当。だが、天秤のその反対側に乗るのが兄だというのであれば、全く釣り合う願いではなかった。何の抵抗もなく、兄の側の皿がテーブルに着くだろう。

「そうか・・・ナナリー、僕は君に話しておくことがある」

突然声のトーンを変え、スザクは話し始めた。

「お話、ですか？」
「陛下からの任務の一つに、僕の手で君を暗殺するようにというものがあるんだ」
「え！？」

予想外の告白に、ナナリーは体をこわばらせ、痛いほどスザクの手を握りしめた。

「ナナリー様、私が与えられた命令の中に、ルルーシュ様の暗殺が含まれております。ルルーシュ様を苦しめ、追い詰め殺すようにと命じられております」

正確にはV.V.の命令ではあるが、自分の言葉はシャルルと同じと思えと言っていたのだから、問題はない。
ナナリーはさっと顔色を無くし、その体がガクガクと震えだした。
ナナリーは目が見えない。だがその代わり手に触れた相手が嘘をついているかどうかが理解る。これはたちの悪い冗談なんかではなく真実だと、スザクの手が、そこから伝わってくる感情が教えていた。

「まだあるんだよ、ナナリー。マリアンヌ様を暗殺した犯人を陛下はご存知なんだ。そして、その犯人は今も陛下の傍にいる」
「スザクさん、それは・・・まさか」

犯人を傍に従えている。ルルーシュとナナリーを暗殺するよう命じている。マリアンヌ暗殺の真犯人は、ナナリーから歩くすべを奪ったのは皇帝ということになる。

「・・・という話をしたら、ナナリーはもうこれ以上ここに居たくないってさ」

あ、ジェレミア卿はナナリーの護衛してるからね。
あっけらかんと言い放った内容に、周りの者は目が点になった。

「・・・寧ろそんなことを言われて、ここに残りますって言う方がおかしいだろう」

C.C.は呆れたようにスザクを睨みつけた。
一緒に来るよう仕向けておいて、何を言ってるんだこの男は。

「僕が言いたいのはね、誘拐じゃないってことだよ」

誘拐なんてしたら、ルルーシュに殺されちゃうよ。

「・・・いろいろ突っ込みたい所はあるが、聞いていいかスザク」
「なぁにルルーシュ？」

にっこり笑顔で小首を傾げるスザクと、引き攣った顔のルルーシュ。

「どうして、お前は、ここにいるんだ？」

もう一度質問を繰り返す。
ちゃんと答えてないぞお前、というようにルルーシュはスザクを見た。

「決まっているだろう？ルルーシュがここに居るからだよ」

あっさりと言われたその言葉を

「信じられるはずがないだろうが、馬鹿スザク！！」
「酷いよルルーシュ！」
「これはあれか？ナナリー皇女殿下を連れてきたことで黒の騎士団を油断させ、特殊部隊を送り込むつもりか！」

皇族二人を人質として渡しながら日本に攻め込んだあの時のように。

「ちっ違うよ！本当にブリタニアを捨ててきたんだよ」
「あり得ないだろう！」

ユフィの仇である俺の・・・ゼロのもとに来るなどあり得ない！

嘘だ！

信じて！

二人の不毛なやりとリに、カレンはお茶をずずっとすすった後、いいかしら？と手を上げた。

「・・・まあ、聞くより見た方が早いと思うわよ」

そう言いながらカレンはリモコンを手にテレビをつけた。
日本にアンテナを合わせていたそのテレビには緊急ニュースの文字。

--ナイトオブセブン乱心、ナナリー総督を拉致--

その表示に、ルルーシュは驚き声を無くした。
カレンの指が次々とチャンネルを変えて行くが、どのチャンネルもスザクがナナリーを誘拐し、国外逃亡したという内容を取り上げていた。

『皇帝陛下の騎士に選ばれたというのに、皇女殿下を誘拐するなど、やはりイレブンは野蛮なで愚かな人種なのです』

そんな声まで聞こえてくる。
・・・情報操作の可能性もある。ルルーシュはノートパソコンを出すと、素早い指さばきで次々に情報を集めだした。だが、出てくる情報はテレビとさほど変わりなく、スザク一人ではなくブリタニアの軍人が協力しているという情報があるかどうかだけだった。何より、本当にナナリーがここにいる事はC.C.達の様子から間違いないだろう。ルルーシュへのけん制と餌として総督に据えられていたナナリーをルルーシュの手元に帰すなど、ブリタニアの策だとしたら愚策にもほどがある。

「信じて、ルルーシュ。僕は自分の意思でここに来た。なんならジェレミア卿のギアスキャンセラーで君が僕に駆けたギアスを解除して、僕から真実を聞き出すようなギアスをかけても構わないよ」

ギアスを否定していたスザクが、自らギアスにかかってもいいという。
真摯な瞳に見つめられ、ルルーシュは激しく動揺していた。

「だ、だが・・・いやまて、ジェレミアのギアスキャンセラーだと？」
「うん、ジェレミア卿、ギアス響団って施設で人体実験を受けてギアスを解除する能力を手に入れたんだ」
「なんだと！？」
「ちなみに、私も解除してもらったけど、あんたね、なんなのあれ。絶対遵守なんてすっごい力使って、私が何でテロしてるか聞いて終わりって、勿体ないにもほどがあるでしょ」

呆れたように、それでもどこかほっとしたような表情でカレンが言った。
それは、ギアスを解除しないかぎりカレンが知り得ない情報。

「・・・本当に解除できるのか・・・だが、ジェレミアがなぜこちら側に」
「ルルーシュの行方を捜しているジェレミア卿とたまたまあってね、質問されたんだ。ルルーシュの居場所と、幼馴染ならば、ルルーシュがゼロとなった経緯を知っているのではないかって。知ってたルルーシュ？ジェレミア卿、昔アリエスの護衛をしてたんだってさ。マリアンヌ様と君たちを守れなかった事、ずっと後悔していたんだ」
「アリエスの・・・？まさか、あの下っ端か・・・？」

青い髪に、うっとおしいほどの暑苦しさと愚直さ。年齢をあの頃に遡らせていくと、記憶の端に残っていた若い警護兵の姿が思い起こされた。

「酷い言い方しないの。だから君がマリアンヌ様の死の真相と、ナナリーの幸せのため、そして自分たちがいるにもかかわらず日本に攻め込んだ皇帝への復讐だと思うって教えたら、急に泣き出してさ」

やはりそうだったのですかルルーシュ様！
突然、感激の涙を流した男は、大変貴重な情報を頂いたと、その見返りとして知る限りの情報をスザクに教えたのだという。そこで二人は意気投合。スザクの部屋で酒を酌み交わしながら、ナナリーを誘拐し、蓬莱島へ逃げ込む計画を立てた。
あまりの内容に、ルルーシュは軽くめまいを起こし、額に手を当て俯いた。
本気か？本気で・・・こちらに来たのかスザク。
信じていいのか、俺は。
この男を。